- 2007年11月22日 12:03
- Design
昔から、電車に乗っていてよく感じる事がひとつある。
それは、外が寒い日に限って、電車が無駄に暑い。ということ。
そもそも寒い日なんだから皆、厚着をして家を出る。
にもかかわらず電車はサービス精神からなのか、やたらと車内を暑くする。
気分が悪くなって倒れる人も少なくない。
そこで最近思った事なんですが
サービスと思って、暖かくしておいたにも関わらず
外に出て、涼しくて『気持ち良い』と思われたら
そのサービスは迷惑行為であると思うんです。
もちろん、寒い日に電車を暖かくする事は
サービスとしては間違っていないし、理にかなっているのですが
必ずしもそうする事が正しいとは限らないことってあると思います。
実際にこういった有難迷惑なことって、私生活の中で
意外と誰かに対してやってしまっているんじゃないかと、たまに不安になります。
今日はそんな話を徒然に書いてみる。
それは、外が寒い日に限って、電車が無駄に暑い。ということ。
そもそも寒い日なんだから皆、厚着をして家を出る。
にもかかわらず電車はサービス精神からなのか、やたらと車内を暑くする。
気分が悪くなって倒れる人も少なくない。
そこで最近思った事なんですが
サービスと思って、暖かくしておいたにも関わらず
外に出て、涼しくて『気持ち良い』と思われたら
そのサービスは迷惑行為であると思うんです。
もちろん、寒い日に電車を暖かくする事は
サービスとしては間違っていないし、理にかなっているのですが
必ずしもそうする事が正しいとは限らないことってあると思います。
実際にこういった有難迷惑なことって、私生活の中で
意外と誰かに対してやってしまっているんじゃないかと、たまに不安になります。
今日はそんな話を徒然に書いてみる。
そんなことを考えながら出社している途中で
これはUIデザインにも言えることではないか?と思った。
カッコいいから、とかそういった理由でエフェクトをかけまくることって
けっこうあったりする。
世間一般的に話題にあがる、『カッコいいUI』というのは
キャッチーで、動きがあり、遊び心に溢れたものばかりで僕も大好きです。
ただ、良かれと思ってやって、さまざまな仕掛けを用意して
最初は、『お、これは面白い』と思われたとしても
結果として、『うざい』と思われたら意味が無い。
そういったUIを持つコンテンツの場合
最初は面白いのでとにかくひたすらに操作をするのですが
操作に慣れてきて、いざ、何かをしようと思ったときに
うっとおしいと思うことがたまにあります。
電車に言いかえるならば、駅で待っていて寒かったが
電車の中が暖かく、これは良いと思って乗ったものの
長時間いると暑すぎて気分が悪くなってくしまった、という感じです。
そういう経験ありませんか?
もちろんコンテンツを一通り見てもらうことが目的の場合や
コンセプトによってはそういったことを求める場合もあるので
全てのこういった体験デザインを否定しているわけではないです
さまざまなものをつくり、考えれば考えるほど
何も感じないことが如何に素晴らしいかを実感しています。
良いとも思わないけど、悪いと思う場所も無い
考えた事がないけど長く使っていて不自由はしていない
そんな、無意識に溶け込めるようなデザインが出来たらよいなあと思う今日この頃です
ああ、デザインの悟りをひらきてえよう(ぇ